治療ストーリー

治療ストーリー

白血病を乗り越え失われた卵巣機能、卵子提供という新たな希望

高用量の化学療法により、Hさんは見事に白血病を克服しました。しかし、命を救うための治療と引き換えに、彼女は大切な「卵巣機能」を失うこととなりました。当時の主治医からは、「これからの人生で、子供を授かるチャンスはもうないでしょう」と告げられたのです。

抗がん治療の過程で卵子凍結の機会を逃す
約20年前、Hさんは血液がんを発症しました。治療法は化学療法と骨髄移植のみであり、過酷な闘病生活が始まりました。治療中は副作用による激しい嘔吐や強い倦怠感に苦しみ、さらに周囲の患者が次々と亡くなっていく現実にも直面しました。それでもHさんは持ち前の前向きな性格で、「この苦しみを乗り越えれば、きっとすべて良くなる」と自分に言い聞かせながら治療に臨みました。

しかし、高用量の化学療法により卵巣機能は早期に低下し、主治医からは「治療後の妊娠は難しい可能性が高い」と説明を受けました。当時まだ若かったHさんは、その時点では妊娠できなくなることを現実的に受け止めることができませんでした。また、急性発症であったため、治療前に卵子凍結による妊孕性温存の提案はあったものの、ご家族は治療の遅れを懸念し、すぐに化学療法を開始する決断をされました。

最終的にHさんは抗がん治療を乗り越え、無事に回復し、血液データも良好な状態まで改善しました。しかし、化学療法による卵巣機能へのダメージは不可逆的なものでした。

わずかな可能性に懸けた妊娠への挑戦
周りの友人たちが次々と結婚し、子供を授かる姿を見て、Hさんにも「お母さんになりたい」という想いが日に日に強まっていきました。卵巣機能が完全に停止している彼女にとって、自分の卵子での妊娠が不可能であることは痛いほど分かっていました。

そんな時、友人から「卵子提供」という選択肢があることを教わります。子供が大好きで、たとえ可能性が限りなく低くても諦めたくない——その強い願いに、ご主人も賛成し、お二人は卵子提供による体外受精を決意しました。

1回目の体外受精治療
最初の移植では20個以上の卵子提供を受けましたが、PGT-Aの結果、移植可能な胚はわずか3つでした。状態の良い2つの胚を移植しましたが、結果は陰性。残された最後の一つは、着床率が低いとされる「モザイク胚」でした。

2回目の体外受精治療
当初、Hさんは成功率の低いモザイク胚の移植を諦め、再度ドナーを探すことを考えていました。度重なる失敗のショックに耐えられる自信がなかったからです。しかし、担当の陳秉瑤医師は「この胚にもう一度チャンスをあげませんか。生命の力で欠陥を修復し、健康に育つ可能性があります」と優しく背中を押しました。

医師の言葉を信じ、最後の一歩を踏み出したHさん。さらに医師の勧めで、着床を妨げる要因を探るため「免疫検査」を行いました。その結果、彼女には胚の着床を阻害する特定の免疫異常があることが判明。移植前から積極的な免疫療法(薬剤投与)を開始しました。

毎日続く痛みを伴う自己注射に耐えながら、心身ともに限界に近い状態での移植。しかし、結果は驚くべきものでした。かつて「成功は難しい」と思われていたモザイク胚が見事に着床し、力強く成長を始めたのです。Hさんは、生命が持つ計り知れない強さと、諦めないことの大切さを肌で感じました。

「あの時、この小さな命にチャンスを与えようと勧めてくださった林秉瑤医師には、心から感謝しています。あの日から今日まで、息子は私にとって誇り高い『小さな戦士』です。そして、運命の糸で結ばれた卵子ドナーの方へ。あなたの善意が、私の人生をこれ以上ないほど満たしてくれました。本当にありがとうございました」

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