治療ストーリー

治療ストーリー

今、頑張っているあなたへ贈る手紙

不妊治療という長い階段を、一歩ずつ懸命に登っているあなたへ。

今、どのような気持ちで過ごしていますか? どのステージにいらっしゃいますか?

今の私は、二人の子供たちがようやく眠りにつき、静かになった部屋でこの手紙を書いています。自分の時間が持てるのは、この一瞬だけ。

コマのように忙しく回り続けたこの一年間の育児。振り返ってみれば、体外受精のプロセス、出産、そして新生児のお世話……。すべてが昨日のことのように思い出されますが、同時に、どれもが鮮明に心に刻まれています。

決して楽な道ではありませんでした。けれど、私にとってこれほど「価値のある道」はありませんでした。私の経験が、ほんの少しでも、今戦っているあなたの支えになればと願っています。


結婚して20年、ようやく自分の子をこの腕に抱くことができました。 早くに結婚した私たちは、最初は二人だけの時間を楽しみ、仕事に打ち込みたいと考えていました。子供については「そのうち自然に授かるだろう」と、特に焦ってはいなかったのです。

しかし、いざ「そろそろ」と思い始めてから3、4年。現実は、世間で言われるほど甘いものではありませんでした。

私は根が真面目なタイプです。「これがいい」と聞けば、何でも一生懸命に試しました。 基礎体温の測定はもちろん、排卵日の計算、排卵検査薬、さらには「行為の後の三点倒立(これ、意外と大変なんですよ!笑)」。高価な漢方薬を飲み、霊能力があるという不思議な先生に「ベッドの位置を変えなさい」と言われればその通りにし、何を食べれば授かりやすいか、どんな行動が吉か……。

親戚からの口コミ、ネットの掲示板、ありとあらゆる情報を網羅し、まるで受験生のように熱心に調べ、実践し続けました。

でも、最後に出た結論はただ一つ。 「それらはすべて、私には効果がなかった」ということです。


迷信を卒業し、私はついに高度生殖医療の門を叩きました。人工授精から体外受精へ。

食事管理や、腕が上がらなくなるほどの水泳トレーニングも並行し、必死に努力を続けました。その甲斐あって、ついに待望の妊娠!しかし、喜びも束の間、「子宮外妊娠」という残酷な現実により、手術を余儀なくされました。

全力を尽くした末の挫折。私は深い喪失感と抑うつ状態に陥りました。夜な夜な涙で枕を濡らし、ネットで「子宮外妊娠は繰り返しやすい」というネガティブな情報を読み漁っては、さらに自信を失う日々。

結局、私は現実から目を背け、何年も通院をやめてしまいました。「子供がいなくても大丈夫」「縁がなかっただけ」…そう自分に言い聞かせるのは、単なる自己欺瞞でした。同僚や友人の妊娠報告を聞くたびに、胸が締め付けられるような羨ましさと切なさを隠せなかったからです。

年齢が40歳に達した頃、夫と偶然観たドラマ『マイ・エッグ・ボーイ(我的蛋男情人)』が私の運命を変えました。 「そうだ、私の幼い頃の夢は、お母さんになることだった」 このまま諦めて、将来後悔しないだろうか? その自問自答の末、私たちは数年ぶりに勇気を振り絞り、再び不妊治療の旅をスタートさせました。

再開後、一度目の移植で陽性判定が出た時は、狂喜乱舞しました。しかし、1週間も経たないうちに胚は流産してしまいました。 「一度は成功したんだから」と自分を鼓舞し、すぐに挑んだ二度目の移植。しかし、結果は非情な陰性でした。

病院のロビーに座り込み、人目も憚らず泣き崩れたあの瞬間を、私は一生忘れません。

「これほど努力しているのに、なぜ? 私にあと何ができるというの?」


数ヶ月の休息を経て、私は再び立ち上がりました。食事、運動、サプリメントの研究……。相変わらず「真面目な優等生」として自分を追い込んでいた時、偶然参加した茂盛病院のセミナーが私の運命を変えました。

「これが最後。今回は、自分で調べた情報ではなく、プロの医療チームを100%信頼しよう。検索に没頭する生徒ではなく、先生の言葉を信じる生徒になろう」

そう決意しました。驚いたことに、医師からは「サプリメントも人によって合う・合わないがあり、全員に同じ処方が効くわけではない」と教わりました。自分の思い込みがいかに遠回りだったかを痛感した瞬間でした。

そこから始まったのは、実に9回にも及ぶ採卵サイクルでした。年齢と身体的条件から、一度に採れる卵子の数はごくわずか。さらに高齢出産のリスクを考え、着床率を高めるためのPGT-A検査も併用しました。

この「貯卵作戦」は、肉体的にも精神的にも、言葉では言い表せないほど過酷で、心が折れそうな日々でした。しかし、私は「忍耐、根気、そして自分への信頼」が必ず願いを叶えてくれると信じ続けました。

今回の挑戦で徹底したのは、「ネットの情報を遮断すること」です。善意の書き込みであっても、それが自分に合うとは限りません。私はただ、医師の言葉と、自分の心の声だけを信じました。プロフェッショナルで経験豊富な医療チームこそが、個々に最適な治療法を提示できる唯一の存在だと確信したからです。

そして今、私はついに、自分の子供をこの腕に抱いています。 この上ない幸福と喜びに包まれているのは、茂盛病院の皆様、李俊逸医師、そして何より「決して諦めなかった自分自身」のおかげです。本当にありがとうございました。

今、この瞬間も不妊治療という険しい道を歩んでいるみなさん。その辛さは、私も痛いほどよく分かります。

心が折れそうになった時、私はいつも自分にこう言い聞かせていました。

「赤ちゃんたちも今、空の上で列に並んで、私のもとへ来る準備をしているんだ」

どうか、ご自身の心と体を一番大切に、労わってあげてください。あなたが今、どのステージにいたとしても、近い将来、最高のご縁が訪れることを心から願っています。

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